神話と事実

609  神話と事実


ショックな追加

十和田神社40.433089, 140.892182
祭神 小臼(日本武尊)
◎十和田神社から温羅の鯉喰神社
893.68 km(555.31 マイル)鯉喰神社34.667370, 133.819854  旧約聖書からみ
910.86 km(565.99 マイル)命主社35.401021, 132.688691  煩悩
〒701-0105 岡山県倉敷市矢部109
祭神  夜目山主命、・・・武勇の父子・・八女の二人はウツと大年の新約聖書
    夜目麿命 
配祀 狹田安是彦、千田宇根彦・・・寝返った者・・
合祀 大歳神、
   須佐之男神、
   天御中主神、
   菅原大神・・・稲荷神の夫エンリル大山咋神

上賀茂神社の祭神、賀茂別雷命の父神・エンリル大山咋神・・・時系列?

温羅の妃は瀬織津姫で 稲荷神と瀬織津姫が絶対零度の関係に
吉備を攻めたのは 松尾大社の稲荷神の子  
大臼 小臼(日本武尊)と櫛角別王

宗像大社から箸墓古墳
496.22 km(308.33 マイル)箸墓古墳34.539300, 135.841285
三輪山の大物主は兄の大年・饒速日イエス
箸墓古墳は妹の稲荷神の
針間之伊那毘能大郞女・市杵島比売命(宇迦之御魂神)

えらい 話が変えられている

http://www.y-tohara.com/harima-hioka.html
の考査も できるようだ

追加終わり


日本の神社や神域で発見される古代文字ペトログリフ
文明の発祥地が日本であることを示し 
古代の神話の検証が
明らかになった

(ほおずき書籍、「八ケ岳火山」より引用)
大昔、富士山と八ヶ岳がどちらが背が高いのか争って、
八ヶ岳が勝ったそうです。
すると富士山は怒って八ヶ岳を蹴飛ばし、
八ヶ岳は頭を砕かれ、
富士山よりも低くなってしまったそうです。
その姿を見た八ヶ岳の妻の蓼科山(女神の山)が
夫(八ヶ岳)のことを想い、
大変悲しんで流した涙が
御泉水となりたまって出来たのが女神湖である、
という伝説があります。

横岳神社36.079641, 138.322547
〒391-0301 長野県茅野市北山蓼科
祭神は大三島宮大山祇命(おおやまつみのみこと)
諏訪大社権御名方命(たけみなかたのみこと)
四隅に可愛らしい御柱(おんばしら)が建てられている

御柱から横岳神社から山王
562.99 km(349.83 マイル)
563.00 km(349.83 マイル)御柱36.079593, 138.322559
山王34.444330, 132.452730 山の上のアース判定は参考


ずっと昔のお話です。
大山祗神(おおやまづみのかみ)という山を作る神様に
二人の娘がいました。
一人の娘には富士山を作って住まわせました。ニンガル
そしてもう一人の娘には
浅間山を作って住まわせようと、エレシュキガル朝
諏訪の土をごっそりと運びました。
そのために諏訪の土地には、
大きな大きな穴があいてしまったのです。
蓼科山は八ヶ岳の妹でした。
その蓼科山は、手ですうっとなぜたようになだらかで、
やさしく美しい姿をしていたので
諏訪富士とも呼ばれていました。ニンリル
そんな蓼科山は兄さんの八ヶ岳が・・大年
富士山に蹴飛ばされてから毎日毎日泣いていました。
まわりのものが、
いくらやさしく慰めてもなおいっそう大声で泣くだけでした。

大きな蓼科山が両方の目から、
どくどくと涙を流し泣きじゃくったので、
とうとう涙は音をたてて蓼科山のすそをはしり、
一筋の川になりました。
そして諏訪の土地のへこんだ所へ流れこみ、
諏訪湖ができました。

黒龍神社くろたつ36.056815, 136.211756
〒918-8003 福井県福井市毛矢3丁目8-6
祭神 高龗大神 闇龗大神 大山祇神 継体天皇
黒龍川(九頭龍川)の守護と国家鎮護を祈願して創祀された古社。

鳥居から黒龍神社から九頭竜大社
115.15 km(71.55 マイル)鳥居

九頭竜大社35.074077, 135.812000
〒601-1253 京都府京都市左京区八瀬近衛町681

九頭竜大社から内宮の皇大神宮別宮 荒祭宮
108.09 km(67.16 マイル)踏まぬ石34.455761, 136.725026

九頭竜大社から山王玄関古墳
314.73 km(195.56 マイル)34.444364, 132.452930

山王から有明山
528.23 km(328.23 マイル)36.392016, 137.770785
528.22 km(328.22 マイル)
有明山は南岳 中岳 北岳とあり 
どこなんだろう  中岳の祠
有明海からここに来た八女氏(安曇野氏)の復活

山王から穂高神社から北鳥居
535.53 km(332.77 マイル)穂高神社36.338623, 137.884299
北鳥居36.339690, 137.884033
祭神 穂高見命・・ 宇都志日金拆命(うつしひかなさくのみこと)ウツの志・・大年
    綿津見命ウツ
    瓊々杵命
「日本アルプスの総鎮守」の通称

山王から穗高神社(奧宮)
513.59 km(319.13 マイル)36.253261, 137.664329

穂高神社嶺宮から広島の大歳神社
519.22 km(322.63 マイル)大歳神社34.393471, 132.415485
〒733-0871 広島県広島市西区高須3丁目4
515.58 km(320.37 マイル)権現神社34.448513, 132.427952 火山の祠 大年
穂高神社嶺宮36.289214, 137.647993

穂高神社嶺宮から
728.79 km(452.85 マイル)志賀海神社33.668124, 130.313161

志賀海神社から備後國一之宮 素盞嗚神社から隋神門
290.26 km(180.36 マイル)隋神門34.552637, 133.279567
〒729-3101 広島県福山市新市町戸手1-1

志賀海神社から八坂神社
523.25 km(325.13 マイル)八坂神社35.003675, 135.778537
〒605-0073 京都府京都市東山区祇園町北側625 八坂神社

左殿:仲津綿津見神(なかつわたつみのかみ仲津) 経津主
左殿相殿:神功皇后(じんぐうこうごう)エレシュキガル経津主・天照大御神・聖母マリア

中殿:底津綿津見神(そこつわたつみのかみ沖津) ウツ素戔嗚
中殿相殿:玉依姫命(たまよりひめのみこと)ニンガル・・・なぜ・・・・・?

右殿:表津綿津見神(うはつわたつみのかみ表津)  大年
右殿相殿:応神天皇(おうじんてんのう) イエス


山王から中岳の祠(有明山神社奥宮)
528.15 km(328.18 マイル)中岳の祠36.390001, 137.770898
アース判定はずれる
鳥居は36.389613, 137.771089
磐座が在るから 鳥居からきめてある
アース精度が良くなったので

訂正終わり

九頭竜大社から出雲の長浜神社
286.09 km(177.77 マイル)長浜神社35.345917, 132.680810+宮
〒693-0041 島根県出雲市西園町4258

駿河國一宮富士山本宮浅間大社35.227571, 138.610028
祭神 木花之佐久夜毘賣命ニンガル
配祀
天津日高日子番能迩迩藝命 大山津見神
合祀
荒御魂神 彌都波能賣神 須佐之男命
日之宮神 天照大御神 應神天皇
市杵嶋姫命 水神 見目神 飯酒御子神

133屋敷の山王から神立山
568.58 km(353.30 マイル)神立山35.228191, 138.609945
568.59 km(353.31 マイル)浅間大社35.227606, 138.610041+宮

富士山信仰中心の神社で、
富士山山頂には奥宮がある
奥宮の祭神
木花之佐久夜毘賣命
配祀 天津日高日子番能迩迩藝命 大山津見神

大日本根子彦太瓊天皇おおやまとねこひこふとにのすめらみこと
BC342-215年   BC290年からBC215年
第7孝霊天皇の御代、  エンキの時・・まったく時代が合わない
富士山が噴火。
約3000年前 縄文時代後期に4回の爆発的噴火
約2900年前    神武天皇 BC660年からBC582年
482年頃(22代清寧天皇三年)
781年 (天応元年)
800年〜802年(延暦19年)
802年(延暦21年)
864年(貞観6年)


御由緒
人皇第七代孝霊天皇の御代、
富士山が噴火し、
人民が難散し
国内が荒れ果てたので、・・・祟られたて
第十一代垂仁天皇の御代に至り、 BC29年から70年
富士の神霊を山足(山麓)の地に鎮祭した。
これが浅間大社の創祀である。
第十二代 景行天皇の     71年から130年
皇子日本武尊が東征の際、
浅間大神の神助を畏み、
山宮の地(現在地の 北方六キロ)に篤く大神を祭られた。
その後、平城天皇の大同元年(八〇六)坂上田村麿が勅命に依り、
神霊を山宮より大 宮(現在地)に遷し奉った。
以来実に一千百 余年、
全国一千三百余社に及ぶ浅間神社 の総本宮として、
全国的に篤い崇敬をあつめている東海最古の名社である。

第7代孝霊天皇の
第三皇子彦五十狭芹彦命(ひこいさせりひこのみこと、
吉備津彦命)、
稚武彦命(わかたけひこのみこと)
兄弟の吉備国平定における活躍と、
岡山県(吉備国)の温羅(うら)伝説に
由来するものとする説がある。
これは、古代の大和政権と
吉備国の対立構図を、
桃太郎と鬼の争いに
なぞらえたとするものである。

蓼科神社
里宮 〒384-2305 長野県北佐久郡立科町芦田431
    36.261472, 138.311988
祭神  高皇産霊神(たかみむすびのかみ)エンキ
大己貴命(おおなむちのみこと)
木花佐久夜毘売(このはなさくやひめ)ニンガル

奥社 北佐久郡立科町芦田蓼科5154
   〒384-2309 長野県北佐久郡立科町芦田八ケ野
    36.261472, 138.311988
祭神 高皇産霊神
倉稲魂神(うかのみたまのかみ)ニンリル観音
木花佐久夜毘売 ニンガル

里宮 9月20日 奥社 7月20日
由緒
本宮は(奥宮)は蓼科岳頂上にあり、
三代実録に57代陽威天皇の   876年12月18日 - 884年3月4日
元慶2年7月16日の條に    878年
蓼科神に従王位下を授けた記述がある。
伝説には武居夷神が
領土を諏訪大神に譲って蓼科山に登ったとか、
小雄命東夷征代に来た時奉斎したとか、
坂上田村慶が当社修理したとか言われる。
里宮 延喜式内社英田神社とも言う。
推古天皇の12年に奉斎すといはれる、
中世社領三千余貫を領したこともあるが、
だんだん衰微し、
寛永年中当村今井治兵衛なる者奪励し、
現状に再興せりと


陽威天皇と藤原基経との確執
生後3ヶ月足らずで立太子し、
貞観18年(876年)11月に9歳で
父・清和天皇から譲位される。・・・・ここだ・・・
父帝に続く幼年天皇の登場であり、
母方の伯父・藤原基経が摂政に就いた。
在位の初めは、
両親および基経が協力して政務を見たが、
元慶4年(880年)に清和上皇が崩じてからは
基経との関係が悪化したらしく、
元慶7年(883年)8月より基経は出仕を拒否するようになる。

道入口から天津神社から蓼科神社奥宮
530.65 km(329.73 マイル)道入口35.045416, 132.572811


天津神社 35.045728, 132.572701
島根県邑智郡美郷町吾郷
祭神 高皇産靈神
創祀年代は不詳だが、
一説には、白鳳四年四月の勧請。
貞観九年六月正一位を授けられた古社。・・ 867年/7/5

56代清和天皇858年10月7日 - 876年12月18日
貞観18年(876年)第一皇子である9歳の
貞明親王(陽成天皇)に譲位。
貞観地震
貞観11年5月26日(ユリウス暦869年7月9日、
グレゴリオ暦7月13日)


蓼科神社奥宮から三保の松原の羽車神社から鳥居
125.15 km(77.77 マイル)
羽車神社34.993941, 138.523076はぐるま
海岸には小さな神社があり
御穂(みほ)神社の離宮となる羽車(はぐるま)神社。
御穂神社の社記によれば、
祭神の三穂津彦命・三穂津姫命は、
羽衣の松をよりしろに降臨、
羽車神社をへて、
松並木(通称・神の道)をとおって御穂神社へ鎮座する。
羽車磯田社、弁才天、六観音、羽衣宗像社『駿河記』

駿河國三之宮 御穗神社(三保大明神)
御穂神社35.000104, 138.520877
〒424-0901 静岡県静岡市清水区三保1073
祭神 大己貴命(三穂津彦命)
   三穂津姫命
出雲国の御穂埼(現・島根県松江市美保関町)から
遷座した神であるとも伝える

大国主之命(大年・饒速日)は
須佐之男之命(ウツ)の御子で、
豊葦原瑞穂国(とよあしはらみずほのくに)
(日本の国)を開きお治めになり、
天孫瓊々杵尊(ににぎのみこと)が天降りなられた時に、
自分の治めていた国土を
こころよくお譲りになったので、
天照大神(母エレシュキガル経津主)は大国主命(大年?)が・・?
二心のないことを
非常にお喜びになって、
高皇産霊尊(叔父エンキ)の御子の中で
一番みめ美しい三穂津姫命(ニンガル)を大后(おおきさき)・・・?
とお定めになった。
そこで大国主命は三穂津彦命と改名されて、
御二人の神はそろって
羽車に乗り新婚旅行に景勝の地、
海陸要衛三保の浦に降臨されて、
我が国土の隆昌と、
皇室のいや栄とを守るため
三保の神奈昆(かむなび)(天神の森)に鎮座された。

羽車神社から備後國一之宮 素盞嗚神社
481.40 km(299.12 マイル)34.552692, 133.279359
〒729-3101 広島県福山市新市町戸手1-1 素盞鳴神社
三保の松原(羽車神社)から御穂神社から素盞嗚神社
481.94 km(299.46 マイル)羽衣の松34.994072, 138.522786
羽衣の松か羽車神社に降臨

三保の松原(羽車神社)から御穂神社から阿須伎神社
529.96 km(329.30 マイル)阿須伎神社35.399140, 132.715676
三保の松原(羽車神社)から御穂神社から阿須伎神社から鳥居
530.05 km(329.36 マイル)鳥居35.398322, 132.715822
〒699-0731 島根県出雲市大社町遙堪阿式谷1557-2鳥居

御穂神社から白髭神社
230.23 km(143.06 マイル)石鳥居35.274288, 136.011191
琵琶湖鳥居から白髭神社から御穂神社
230.36 km(143.14 マイル)
230.35 km(143.13 マイル)白髭神社35.274515, 136.011040

御穂神社の摂末社
子安神社 - 祭神:須佐之男命、稲田姫命
舞殿東の5社
呉服之神社 - 祭神:長白羽命
稲荷神社 - 祭神:宇迦之御魂神、大宮姫神、太田命
胡夫大夫神社 - 祭神:事代主命
磯前神社 - 祭神:少彦名神
産霊神社 - 祭神:高皇産霊命、神皇産霊命
本殿西の3社
八幡神社 - 祭神:応神天皇
八雲神社 - 祭神:須佐之男命
神明社 - 祭神:天照大神
羽車神社 - 羽衣の松に鎮座する。

蓼科神社奥宮から宗像大社から太鼓橋
752.47 km(467.56 マイル)太鼓橋33.831780, 130.513633
蓼科神社奥宮から宗像大社
752.37 km(467.50 マイル)


道入口から天津神社から蓼科神社奥宮
530.65 km(329.73 マイル)道入口35.045336, 132.572846
〒699-4627 島根県邑智郡美郷町吾郷1832
天津神社  エンキ

蓼科神社奥宮から糸島市の火山  エンキ
792.32 km(492.32 マイル)
792.32 km(492.33 マイル)火山33.597851, 130.162577
792.33 km(492.33 マイル)
707.02 km(439.32 マイル)大龍山33.155306, 131.445199
〒879-5412 大分県由布市庄内町五ケ瀬

蓼科神社奥宮から箱根元宮から石段
118.01 km(73.33 マイル)石段35.224299, 139.025505
117.98 km(73.31 マイル)鳥居35.224539, 139.025395

華厳の滝から山王
686.33 km(426.46 マイル)
686.32 km(426.46 マイル)
686.29 km(426.44 マイル)
華厳の滝36.738053, 139.501795

神野山の王塚から鹿島神宮
444.62 km(276.27 マイル)鹿島神宮35.968752, 140.631528
神野山の王塚34.667727, 135.997025
〒630-2225 奈良県山辺郡山添村伏拝
神野神社の祭神 34.667663, 135.997232
神野山大神(稲荷神のようにも見える。甕速日命とするようだ。)
(かんはやひのみこと)甕は壺
古代の人がこの場所を神が降臨する磐境といった名残とも言う。
神野山大神(甕速日命)の母神ともされる。
春日大社の摂社に神野神社があり、甕速日命を祭神としている。
神野山は角閃斑糲岩と呼ばれる石で構成されている。
鍋倉渓
http://kamnavi.jp/as/kounosan.htm

神野山の弁財天から戸隠神社九頭龍社
298.55 km(185.51 マイル)九頭龍社36.765317, 138.062130+
298.55 km(185.51 マイル)奥社36.765562, 138.062028
371.08 km(230.58 マイル)率土神社35.426765, 139.969138
〒299-0257 千葉県袖ケ浦市神納3382 そっと
祭神 福王皇子
由緒
祭神埴安姫は・・・埴土姫
天竺(インド)摩伽陀国磐古帝の后であったが、
磐古帝の悪政によって国が乱れ、
人民に国を追われて
七人の王子と家臣大朝臣清麻呂とともに
養老二年(718)に日本に漂着した。
時の元正天皇のよって京に迎えられた后は、
東国の民を鎮める為に下向した。
天豊媛命と名を賜り、
養老二年四月に京を発し上総国望陀郡飫富の里に着いた。
土地の人々に迎えられた后は、
神納の地に社殿を建てて住みつき天平二年(730)に
六三歳で没した。
聖武天皇は大明神埴安尊と尊号を下された。
創建は天平三年(730)と傳えられる。

福王神社
祭神 福王皇子
大友皇子の皇子の福王丸様は、千葉県袖ケ浦市に逃れてこられ・・
壬申の乱 土ノ神の乱 近江大津宮35.028311, 135.854959

大朝臣清麻呂

神野神社から松山市の櫛玉比賣命神社
303.96 km(188.88 マイル)櫛玉比賣命33.969837, 132.796809+
〒799-2422 愛媛県松山市高田702

神野山の王塚から日吉大社東本宮
46.69 km(29.01 マイル)東本宮35.073431, 135.864982
46.58 km(28.95 マイル)西本宮35.071765, 135.862144
46.64 km(28.98 マイル)松尾大社34.999925, 135.684991
46.66 km(29.00 マイル)+宮
584.62 km(363.26 マイル)月読神社33.799534, 129.723866
〒811-5732 長崎県壱岐市芦辺町国分東触464

月読神社から鹿島神宮から楼門
1,023.21 km(635.80 マイル)楼門35.968892, 140.630851
1,023.21 km(635.79 マイル)

鹿島神宮から外宮の山末神社
393.03 km(244.21 マイル)山末神社34.481361, 136.705935


〒603-8002 京都府京都市北区上賀茂神山
神山の垂跡石35.079489, 135.751205
神山の垂跡石から春日大社の本殿の一殿から四殿
45.14 km(28.05 マイル)

鳥居から上賀茂神社 本殿から春日大社の本殿の一殿から四殿
43.31 km(26.91 マイル)上賀茂神社 35.060511, 135.752747
43.32 km(26.92 マイル)若宮神社35.060574, 135.752851
一の鳥居35.058166, 135.752435
鳥居 〒603-8047 京都府京都市北区上賀茂本山339


西本宮 大己貴神 大宮 大比叡 西本宮
東本宮 大山咋神 二宮 小比叡 東本宮


当社の中心は本来、東本宮。
古事記には、大山咋神は
「近海淡海国の日枝山に坐す」と書かれている。
神代の昔から、比叡山の地主神として祀られた神。
その神体山が、378mの八王子山(牛尾山)。
山頂には磐座と奥宮(牛尾神社)が鎮座している。
東本宮(男神・大山咋神)と
樹下宮(女神・鴨玉依姫神)が里宮であり、
牛尾神社(大山咋神荒魂)と
三宮宮(鴨玉依姫神荒魂)が奥宮となる。

一方、西本宮の大己貴神は、
天智天皇七年(668年)大津京遷都の際に、
大津京鎮護のため、大和三輪山(大神神社)から勧請したもの。
これを大宮と称し、
さらに、大宮摂社の宇佐宮と白山宮を祀るようになった。

以上の七社を、山王上七社と呼び、
それぞれに神紋がある。

さらに、中七社、下七社の二十一社が存在する。
往時には、境内百八社・境外百八社が、
その管轄にあったほどの広大さだった。

全国の日吉神社・山王社の総本山。
比叡山との関係から、天台宗が全国に広がる過程で、
日吉社も全国へ拡大した。
神使は、猿で、御朱印にも猿が押されている。
庚申の普及にも関連があるようだ。

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